RED SWAN

日常生活の呟きと旅日記 前のブログからの引っ越しなので、絵文字などが移行されず、昔の記事は抜けている物が有ります。

トルコ5 トロイ編3

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 基本的にトロイの遺跡は野ざらし雨ざらしであったが、ここだけ屋根(?)がかかっていた。
まぁそれも上に屋根があるだけで四方に壁はなく、風雨の影響は大きそうであったが
おそらくこの石積みがこれ以上崩れないようにするための最低限の処置なのだろう。


そもそもシュリーマンも財宝とかの前に、城壁跡とか「伝説の都があった証拠」を探すのが
一番の目的だったんだろうけども…。
いろんな遺構がガンガン重なっているので、まともな研究者が発掘してたら
かなり胃が痛かったんじゃないかな~…。
さて、財宝を見つけたシュリーマンは考古学界の寵児になってめでたしか?というと
まぁ専門家の皆さん達からの「そもそもそれは本当にトロイの遺跡か論争」に巻き込まれる。
……ですよね~。
専門家の皆さんから言わせたら、羨ましい、妬ましい、胡散臭いの三大てんこ盛り。
まぁ本を読む限り、現在では彼が発掘した財宝は、「イーリアス」に書かれた時代以外の
地層の所で見つかったので「あの物語の都市のではないね」というのが定説らしい。
(しかしシュリーマンは主張を曲げたりはしないのだったろうな)
色々あったがトロイの遺跡から見つかった財宝には違いない。



こちらが城内へ続く通路跡らしい。(あれ?だったよね?)



こちらが一個前のフォトの想像図。(比べて下さい)
位置的にこちらからトロイの木馬を城内へ引き入れたのではないか?と
言われているらしいです。(ホントか?)
右側の白黒写真がシュリーマンが発掘して財宝。
彼はこの財宝を「プリアモスの財宝」と勝手に命名。
発見した場所がトルコ(オスマン帝国)なのだが、彼はこの財宝をオスマン帝国と
分ける気はサラサラなく、そしてそれはこの当時の中東地域の考古学界では
特に珍しい話ではなかったそうだ。。
何といっても発掘にはワンシーズンで最低でも6千万くらいかかっていたようで
そこまで出資して「見つかったお宝は国と山分け」は確かに考えないよな~…。
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